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本日の名言
積み重ね 積み重ねても また積み重ね
発言者:内藤多仲(建築家)
1957年 8月24日 内藤多仲が設計したさっぽろテレビ塔の展望台が営業を開始。
内藤多仲さんってどんな人?
- 生没年:1886年(明治19年)〜1970年(昭和45年)
- 出身地:山梨県
- 主な肩書:建築家、建築構造学者、早稲田大学教授
- 異名:
- 「耐震構造の父」 … 日本の耐震建築理論の基礎を築いた、地震工学の世界的権威。
- 「塔博士」 … 東京タワー、さっぽろテレビ塔、名古屋テレビ塔、通天閣など、日本各地の数々のタワーを手掛けた。
💡 簡単な経歴・功績
東京帝国大学(現・東京大学)を卒業後、早稲田大学の教授として後進の育成にあたりながら、日本の建築における耐震構造の研究・設計に心血を注ぎました。
トランクケースの構造からヒントを得て「耐震壁」の理論を確立し、彼が構造設計を手掛けた建物(歌舞伎座や日本興業銀行本店など)は、1923年の関東大震災においてほとんど被害を受けなかったことで、その理論の正しさが証明されました。
戦後は電波塔や観光塔の建設に多数携わり、私たちがよく知る全国のランドマークタワーの数々を世に送り出し、日本の近代建築史に大きな足跡を残しました。
私の説明
おはようございます。
2026年8月24日
皆さんは、「今日は何の日?」と聞かれて、すぐに思い浮かぶ歴史的な出来事はありますか? 私たちの何気ない日常の中にも、未来に大きな足跡を残した記念すべき日はたくさん隠されています。
本日8月24日は、北海道の象徴である「さっぽろテレビ塔」の展望台が、1957(昭和32)年に営業を開始した記念すべき日です。大通公園の緑に映えるその美しい姿は、札幌の街のシンボルとして、今なお多くの人々に愛され続けています。
このさっぽろテレビ塔をはじめ、日本全国の有名タワーを手掛けた人物こそ、「塔博士」「耐震構造の父」と称される建築家の内藤多仲(ないとう たちゅう)です。本日は、さっぽろテレビ塔の誕生を振り返りながら、彼が遺した深みのある名言を通して、私たちが日々の生活や仕事に向き合うためのヒントを探っていきましょう。
■ 「塔博士」内藤多仲とさっぽろテレビ塔の誕生
1957年8月24日、さっぽろテレビ塔の展望台が一般公開され、多くの人々が札幌の街並みを一望する喜びを味わいました。設計を手掛けたのは、日本の耐震構造理論の確立者であり、数々の名建築を世に送り出した内藤多仲です。
内藤多仲は、さっぽろテレビ塔のほかにも、名古屋テレビ塔、通天閣、別府タワー、そして東京のシンボルである東京タワーなど、日本を代表する塔の設計を次々と成功させました。彼の仕事の根底にあったのは、単なるデザインの美しさではなく、地震の多い日本において絶対に倒れない「圧倒的な安全性」です。華やかな完成の裏側には、泥臭く地道な研究と実践の積み重ねがありました。
■ 内藤多仲が遺した名言「積み重ね 積み重ねても また積み重ね」
そんな内藤多仲が、その生涯において大切にし、私たちに深い教訓を与えてくれる言葉があります。
「積み重ね 積み重ねても また積み重ね」
—— 発言者:内藤多仲
この言葉には、どんなに大きな偉業であっても、一足飛びに達成できるものではなく、日々の地道な努力や小さな作業の積み重ねによってのみ成り立っているという真理が込められています。
私たちは日常生活の中で、手っ取り早い成功の法則を求めてしまいがちです。しかし、天才的建築家であっても求めたのは、徹底した基礎と、途方もない回数の「積み重ね」でした。「ここまでやったから終わり」というゴールではなく、安全で良いものを目指す上で絶えず努力を重ねなければならないという、妥協なき職人魂がここにあります。
■ 現代を生きる私たちへのメッセージ
さっぽろテレビ塔がオープンしてから数十年の時が流れた今でも、その塔体は微動だにせず街を見守り続けています。それは内藤多仲の執念と、一歩一歩確実に積み上げられた技術の結晶だからです。
日々の仕事や勉強で「こんなことを続けていて意味があるのだろうか」と不安になることもあるかもしれません。しかし、内藤多仲の言葉を思い出すと、目の前にある地味な作業の繰り返しこそが、未来の強固な土台を作っているのだと気付かされます。
本日8月24日は、さっぽろテレビ塔のオープン記念日であると同時に、私たちの足元を見つめ直す絶好の機会です。今日からまた一歩、地道な「積み重ね」を始めてみませんか。