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本日の名言
私たちは、今、現に、身に受けているものの有難さ、不可思議さを感ずる心を失ったままで、外に外にと、生き甲斐を求めているわけです。
しかし、有難さを不思議さを感ずる心がないままに、いくら外に求めても、それはちょうど、底のないザルで水を掬(すく)おうとしているようなものです。
発言者:宮城顗(真宗大谷派の僧侶)
宮城顗さんってどんな人?
宮城顗(みやぎ ただし、1931年 – 2005年)は、真宗大谷派の僧侶であり、同派の教学研究所長や大谷大学教授を歴任した仏教研究者です。
親鸞の思想を現代に問い直す活動に力を注ぎ、特に「人間の実存」や「問いとしての仏教」を平易かつ鋭い言葉で説きました。難解になりがちな仏教用語を使わず、現代人が抱える生きづらさや空虚感に寄り添いながら、その根底にある問題を指摘する語り口は多くの人に影響を与えました。
主な著書に『真実への問い』『仏教との出会い』などがあり、没後もその思想は多くの人々に読み継がれています。
私の説明
おはようございます。
2026年5月31日
「もっと稼げたら、安心できるはずだ」
「今の環境さえ変われば、私は幸せになれるはずだ」
私たちは日々、必死になって「外側」に何かを求めています。新しいスキル、昇進、投資での一攫千金、あるいは誰かからの評価や承認。まるで、それさえ手に入れば、心に空いた穴が埋まり、ようやく「満足」できる日が来ると信じているかのように。
しかし、不思議ではないでしょうか。
どれだけ頑張って「何か」を手に入れても、満足感は一瞬で消え去り、またすぐに「次」の不満や渇望が顔を出します。
この状態について、真宗大谷派の僧侶・宮城顗(みやぎ ただし)師は、非常に鋭い言葉を残されています。
私たちは、今、現に、身に受けているものの有難さ、不可思議さを感ずる心を失ったままで、外に外にと、生き甲斐を求めているわけです。
しかし、有難さを不思議さを感ずる心がないままに、いくら外に求めても、それはちょうど、底のないザルで水を掬(すく)おうとしているようなものです。
「底のないザル」の正体
宮城師が指摘するように、今の私たちは「底のないザル」を持って水面を叩いている状態です。
「ザル」とは、私たちの心のこと。そして「水」は幸せや充足感です。
心に「感謝」や「不思議を感ずる心」という底がないまま、どれほど大量の富や成功という水を注ぎ込んでも、一瞬で通り抜けて下に落ちていってしまいます。
私たちが「外」ばかり見てしまうのは、「今の自分には何かが決定的に欠けている」という前提で生きているからです。
「今のままではダメだ」「もっと何かを手に入れなければ価値がない」という思考回路でいる限り、どれだけ成功を積み重ねても、その前提(欠乏感)は変わりません。だからこそ、幸せは手にした瞬間に指の間からこぼれ落ちていくのです。
なぜ「外」を求めるほど、自分を追い詰めるのか
外側に解決策を求め続けると、私たちは「今の自分」を否定し続けることになります。
「お金さえあれば」「環境さえ良ければ」。これらはすべて、「今の私には価値がない」と自分に言い聞かせているのと同じです。
他力本願という言葉は、本来は「大きな力の働きに身を任せる」という深い意味を持ちますが、現代の私たちがやっているのは、「自分以外の何かが、自分を救ってくれるはずだ」という他力本願(他力任せ)の幻想です。
自分の内側にある「当たり前の奇跡」を見落としたまま、外側にばかり幸せを投影しても、その旅に終わりはありません。喉の渇きを塩水で癒そうとするようなものです。
逆転の発想:今ここにある「不可思議」に気づく
では、どうすればこの「底のないザル」から脱出できるのでしょうか。
それは、新しい水を汲みに行くことではなく、ザルに「底」を取り付けることです。
その底とは、「今、現に、身に受けているものの有難さ・不思議さ」を感ずる心です。
例えば、今この記事を読めていること。
心臓が何の努力もせず、ただ命を維持するために打ち続けていること。
今日、空気があって呼吸ができていること。
これらのことは「当たり前」すぎて、普段は空気のように無視されています。しかし、これら一つひとつは、奇跡的な条件が重なって初めて成立している「不可思議」の塊です。
「何かが手に入ったら幸せになる」のではなく、「今、すでに生かされていること」の中に、すでに幸せの種が撒かれていることに気づくこと。
感謝とは、何かを付け足すことではなく、今の当たり前という景色を、一度立ち止まって「じっと眺め直す」ことから始まります。
今日からできる「心のザル」の繕い方
大きな人生の転換は必要ありません。まずは今日、意識を「外」から「内」へ向ける練習をしてみませんか。
- 「当たり前」を書き出してみる:今日、自分が無意識に享受した恩恵(蛇口から水が出た、歩く場所があった、誰かと挨拶した)を3つだけ見つけてください。
- 「もしこれがなかったら」と想像する:その当たり前の存在が失われた世界を少しだけ想像してみてください。すると、それがあることの「不思議さ」が立ち上がってきます。
- 成功を追いかける手を止めてみる:週に一度でいいので、何も求めず、何も足そうとしない「ただ存在する時間」を作ってください。
幸せとは、どこか遠い場所にある宝物ではなく、すでにあなたの「今」という足元に隠されているものです。
外側へ向かう足を少し止め、深呼吸をして、自分の内側の底を確認してみてください。その時、あなたの人生から「枯渇」という苦しみが、少しずつ消えていくはずです。
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