本日の名言
ねたみは、 天と地ほど境遇の違う人には向けられず、
むしろ自分と同じ希望をもちながら
それを運よく手に入れている人に向けられます。
そしてついには 相手の不幸が自分の幸福と感じるようにすらなる……。
発言者:鷲田清一(哲学者)
鷲田清一さんってどんな人?
臨床哲学という独自の領域を切り拓いた、現代日本を代表する哲学者です。大阪大学総長や京都市立芸術大学理事長を歴任しました。「顔」や「モード(服飾)」、身体論をテーマにした繊細な考察で知られ、アカデミックな枠を超えて、現代社会が抱える息苦しさや「ケア」の在り方を平易かつ深い言葉で綴る、知の巨人です。
私の説明
おはようございます。
2026年3月28日
「友達の幸せな報告を、素直に喜べない……」 「SNSで自分と似たような環境の人が成功しているのを見ると、イライラする」
そんな風に、誰かを「ねたむ」自分に自己嫌悪を感じたことはありませんか? 実は、ねたみという感情には、とてもはっきりとした「仕組み」があります。
今日は、哲学者の**鷲田清一(わしだ・きよかず)**先生の言葉から、私たちの心を苦しめる「ねたみ」の正体について考えてみましょう。
ねたみは「似ている人」にしか生まれない
鷲田先生は、ねたみという感情の性質をこう分析しました。
「ねたみは、 天と地ほど境遇の違う人には向けられず、むしろ自分と同じ希望をもちながらそれを運よく手に入れている人に向けられます。」
私たちは、大富豪や歴史上の偉人をねたむことはあまりありません。なぜなら、自分とはあまりに世界が違いすぎて、比べる対象にならないからです。
ねたみが生まれるのは、いつだって**「自分と似たような場所にいる人」**に対してです。 同じような年齢、同じような仕事、同じような悩み。自分も持てたはずのものを、「運よく」先に手に入れたように見える相手に対して、心は激しく反応します。
「相手の不幸」が蜜の味に変わる怖さ
鷲田先生はさらに、その感情がエスカレートした先の恐ろしさについても触れています。
「そしてついには 相手の不幸が自分の幸福と感じるようにすらなる……。」
相手が失敗したり、不幸になったりしたときに、どこかでホッとしてしまう。 それは、相手が自分と同じ(あるいは自分より下)の場所まで落ちてくることで、「自分の立ち位置を脅かされる不安」から解放されたいという心の悲鳴でもあります。
ねたみのエネルギーを「自分のため」に使うには
ねたみを感じるということは、実は**「自分もそれを望んでいる」という本音のサイン**でもあります。
- 「似ている」からこそ、チャンスがある: あなたがねたむ相手は、あなたと境遇が近い人です。つまり、その人が手に入れたものは、あなたにも手に入れられる可能性があるということ。
- 「相手」ではなく「望み」を見る: 「あの人が憎い」という感情を、「自分はあんな風になりたかったんだな」という自分の望みの確認に変えてみましょう。
- 比較の土俵から降りる: ねたみは「同じ希望」を持っているから生まれます。でも、人生の正解は一つではありません。自分だけの「別の幸せ」を探し始めると、自然と相手への執着は消えていきます。
おわりに:ねたむ自分を、もう責めない
ねたみは、人間なら誰もが持っている本能に近い感情です。 鷲田先生が説くように、それはあなたが「似たような境遇で一生懸命生きている証拠」でもあります。
もし誰かをねたんでしまったら、「あぁ、私は今、あの人と同じくらい頑張りたくて、あの人と同じような希望を持っているんだな」と、自分の心を受け止めてあげてください。
相手の不幸を願うことにエネルギーを使うより、あなたの「希望」を叶えるために、ほんの少しだけ力を使ってみませんか?
鷲田清一さんをもっと学びたい人はこの本がおすすめです!
『折々のことば』(朝日選書)