本日の名言
いまの世の中、批判は自由である。
ことに相手が強大であればあるほど、
批判は楽になるのだから
おもしろい。
それはいいが、困ったことに、
気がついてみたら、
褒める自由が失われている。
褒めたいことがあるのに、
何となく口に出しにくい空気がある。
発言者:外山滋比古(英文学者・言語学者)
外山滋比古さんってどんな人?
外山滋比古さんは1923年(大正12年)に愛知県で生まれました。彼のキャリアは、英文学者として始まりましたが、その活動は学術の枠を超え、現代の知的活動のあり方に大きな影響を与えました。
1. 学者・教育者としてのキャリア
- 学歴: 東京文理科大学(現・筑波大学)文学部英文学科を卒業。その後、東京教育大学にて文学博士の学位を取得しました。
- 専門分野: 専門は英文学ですが、特に言語学、修辞学、意味論といった、言葉や思考の構造に関わる分野を深く研究しました。
- 教育者として: 東京教育大学助教授を経て、お茶の水女子大学教授を務め、1989年に退官後は名誉教授の称号を得ました。この間、雑誌『英語青年』の編集長を務めるなど、英語教育・文学界にも貢献しています。
2. ベストセラー作家としての功績
外山さんの功績で最も著名なのは、彼の思索の成果をまとめたエッセイスト・評論家としての活動です。
- 不朽のベストセラー: 1983年に刊行された**『思考の整理学』は、その後文庫化されてから累計発行部数250万部を超える異例のロングセラーとなりました。この本は、一時期、「東大生・京大生に一番読まれた本」**として話題になり、「考える技術」のバイブルとして世代を超えて読み継がれています。
- 核心的なテーマ: 彼の著作は、知識を詰め込むだけの**「グライダー能力」ではなく、自力で発想を生み出す「飛行機能力」**の重要性を説くなど、創造性や発想のメカニズムを独自の視点から解説しています。
- 主な著作: 『思考の整理学』のほか、読書の質を高める方法を論じた**『乱読のセレンディピティ』や『「読み」の整理学』**など、知的生産に関する多くの著作があり、国語の教科書や入試問題にもたびたび採用されています。
外山滋比古さんは、生涯を通じて「考えること」「言葉を使うこと」の奥深さを探求し、その知恵とユーモアに満ちた言葉で、多くの人々の「知的試行錯誤」の道筋を照らし続けました。2020年(令和2年)に96歳で逝去されました。
私の説明
おはようございます。
2026年1月7日
「いまの世の中、批判は自由である。ことに相手が強大であればあるほど、批判は楽になるのだからおもしろい。それはいいが、困ったことに、気がついてみたら、褒める自由が失われている。褒めたいことがあるのに、何となく口に出しにくい空気がある。」
この言葉は、「みんなで誰かを叩くのは簡単だけど、誰かを心から褒めるのには勇気がいる」という、現代ネット社会の持つ大きな問題を指摘しています。
この名言を深く読み解き、私たちブロガーが目指すべき「建設的な発信」のヒントを見つけましょう!
🗣️ 名言の秘密①:「批判」が「楽」で「面白い」理由
外山さんは、まず現代の批判の傾向を分析しています。
- 「いまの世の中、批判は自由である。」
- 現代は、SNSなどで誰もが簡単に意見を表明できる。
- 「ことに相手が強大であればあるほど、批判は楽になるのだからおもしろい。」
- 企業や権力者、有名な人など、大きな相手への批判は特にしやすい。
- なぜなら、みんなも同調してくれて、自分は正しい側に立てるから。
ブログやSNSでの具体例
あなたが大企業を批判する記事を書けば、共感と支持が集まりやすい。それは、「巨大なものに立ち向かうヒーロー」のような気分になりやすく、多くの人が安全な場所からその意見に「いいね」を押せるからです。批判は、時にエンターテイメントとして消費され、「楽」で「面白い」ものになりがちです。
🤐 名言の秘密②:なぜ「褒める自由」が失われたのか?
問題の核心は、この次の指摘です。
- 「困ったことに、気がついてみたら、褒める自由が失われている。」
- 良い点や美点を見つけても、それを素直に伝えることが難しい。
- 「褒めたいことがあるのに、何となく口に出しにくい空気がある。」
- 褒めると、「提灯持ち(ちょうちんもち)」や「ひいき」だと見られる。
- 裏があるとか、忖度していると疑われるかもしれない。
「褒める」ことのリスク
例えば、あなたが大企業の新しい取り組みを心から「素晴らしい!」と褒めたとします。すると、フォロワーからはすぐに次のような声が上がりやすいのです。
- 「何か宣伝費をもらったのか?」
- 「問題点から目を背けているだけだ」
- 「甘い。ブロガーならもっと厳しい目で批判すべきだ」
結果として、「批判」は賢い人の行動、「称賛」は浅はかか不純な人の行動、という逆転した価値観が生まれてしまうのです。これが、外山さんが指摘する「褒めたいのに口に出しにくい空気」の正体です。