生きている自分こそは【九条武子の名言】

本日の名言

生きている自分こそは、生かしてもらっている自分であることに気づくときは、きわみなき聖愛のめぐみに、感謝されずには居られぬであろう。

発言者:九条武子(教育者、京都女子学園・京都女子大学設立者)

九条武子さんってどんな人?

明治・大正時代に活躍した日本の教育家、歌人、社会事業家です。

1887年(明治20年)10月20日、京都の西本願寺第21代法主・大谷光尊(おおたに こうそん)の次女として生まれました。才色兼備として知られ、柳原白蓮、江木欣々とともに「大正三美人」の一人に数えられました。

和歌を佐佐木信綱に学び、同人誌『心の花』の代表的歌人として活躍しました。歌集『金鈴』は一世を風靡しています。

また、女子教育の発展にも尽力し、1920年(大正9年)には仏教主義に基づく京都女子専門学校(現・京都女子大学)を創設しました。

社会事業家としては、関東大震災(1923年)発生時にいち早く被災地に入り、救済事務所の陣頭指揮を執って孤児や負傷者の救護活動に奔走しました。託児所や臨時診療所の開設、恵まれない少女のための施設創設など、献身的な慈善活動に尽くしました。

震災復興事業での無理がたたり、1928年(昭和3年)2月7日にわずか40歳(数え42歳)で逝去しました。その生涯は、高貴な身分と美貌を持ちながらも、仏教の精神に基づき社会貢献に捧げられたものとして知られています。

私の説明

おはようございます。

2025年12月16日

生きているのではなく、生かされている
私たちは日々、自分の力で生きているように感じがちです。努力して働き、学び、選択して進んでいく──そのすべてが「自分の意志」で動いているように見えます。

しかし、九条さんはその視点を静かに揺さぶります。「生きている」と思っている自分は、実は「生かされている」存在なのだと。

呼吸ができること、食べ物があること、誰かが支えてくれていること──それらはすべて、自分ひとりの力では成り立たないものです。自然の恵み、社会のつながり、見えない存在の導き──それらに「生かされている」と気づいたとき、私たちは深い感謝の念に包まれるのです。

聖愛のめぐみとは何か
「聖愛」とは、仏教的な慈悲や、無条件の愛を指す言葉です。親が子を思うように、あるいは自然が命を育むように、見返りを求めずに与えられる愛。

九条さんは、その「聖愛」が私たちの命を支えていると語ります。そして、その愛に気づいたとき、人は自然と感謝せずにはいられなくなる──それは、理屈ではなく、心の深いところから湧き上がる感情です。

感謝は、静かに人生を変える
この言葉は、忙しさや不安に追われがちな現代人にとって、大切な気づきを与えてくれます。何かを得ることばかりに目を向けるのではなく、すでに「与えられているもの」に目を向けること。

その視点の転換が、人生の質を静かに、でも確かに変えていきます。

九条武子さんをもっと学びたい人はこの本がおすすめです!